扉を開け表に出ると、確かにアドモナーチとゲーネが談笑しながらバキラを待っていた。ふたりとも瓶を持ち、他にも菜草などを腰にさして持っている。
「おはようバキラ。今朝はまたゆっくりしていたわね」
彼女に気付くと、ふたりは笑った。
「兄さんが話を始めたのよ。待たせて悪かったわ」
「バチーダ。彼の具合はどう?」
「いつもと同じ」
アドモナーチはよく、薬草を煎じてバチーダとバキラの元へやってくる。穏やかな性質で、まず誰からも好かれていた。ベズナに劣るとも勝らない、鎮めの力を持っている。
「今度、ザヌビャリャ様のところへ持っていこうと思っている薬草が少しあまるの。あとでバチーダのところへ持っていくわよ」
「ありがたいわ、いつもいつも。あたしがいなくても、アドモナーチは勝手にあがっていいからね。扉は簡単に開くわ、何の細工もしていないから」
そう言うと、ふたりはちょっと呆れた目をした。
「何もしていないの?」
「だって、谷に泥棒なんていないでしょう」
「誰も泥棒の心配をしているんじゃないわよ。あなたの家には寝たきりのバチーダがいるのよ」
「そうよ」
黙って聞いていたゲーネが、ああと手を打って、満足気に笑った。
「そうね。あんた、ドシーのことを知らないのよね」
「ドシー?」
「無理ないわ。あの子一生懸命口止めしてまわっているもの。バキラに言わないで!バキラに言ったら呪ってしまうわ!あんたを一生恨むわ!なら話さなければいいのに、あの子は自我が弱いから、わたしたちには話さずにいられないのよね」
「やめなさいゲーネ」
アドモナーチが軽く諫めた。
「バキラにそれを言うつもりなの?ドシーに本当に呪われるわよ」
「まさか。ごめんだわ。言うつもりなんてないわよ」
「それじゃバキラの欲求不満の虫が騒いで、こちらに呪われるわよ」
バキラは眉をしかめた。
「何のことだか知らないけれど、その通りよ。そこまで言ったのなら言いなさいよゲーネ」
「いやよ」
ゲーネは舌を出した。
「ご自分でドシーに聞くのね。あんたなんて怖くないもの。ドシーは確かに人を呪うことができるけど、バキラ、あんたは火と鬨のマルバ。人の感情を昂ぶらせることはできても、呪うことはできないわ」
「あんただってできないくせに!それこそ呪われた、嵐を呼ぶ、風雨と雷のマルバのくせに――」
「やめなさい二人とも」
アドモナーチがうんざりして言った。
「バキラ、昔ゲーネを一枚岩の裏に置き去りにして駆け去って、雷に逃げ惑ったことがあったのを忘れたの?」
「……いいえ、アドモナーチ」
バキラは下唇を噛んだ。
「そうよ、日照りのとき役立つわたしと違って、祭りのときしか何もできないんだから、バキラは――」
「ゲーネ、いい加減にしなさい。置き去りにされたあなたを助けてあげたのは誰だったと思っているの」
「……あなたよ、アドモナーチ」
井戸につくと、バキラたちの住居より一回り外に住む、マルバの名を持たない女たちが群がっていた。彼女らの姿を見ると、飛びのいて恭しくお辞儀をし、場所を空ける。
「おはよう。今朝の毒見はした?」
「いたしました。今日も綺麗な神の水でございます」
三人は水を汲む。女達がせかせかと働いて、彼女たちの水瓶に水を注いだ。
そのうち、もう若くないひとりの女が進み出て、小声で囁いた。
「アドモナーチさま、バキラさま、ゲーネさま。今朝もドッドラさまが呼んでいらっしゃいました。朝が過ぎましたら、神殿までおいで下さいますようお願いいたします」
「分かったわ」
軽く頷く。
バキラと同い年のドッドラは、神の愛娘として神殿に住むが、変わりなく彼女らの友人である。
神殿に住むドッドラは、神殿の周り、谷の中心部に住みマルバの名をもつバキラたちにとって友人だが、その外に住む人々にとっては神も同様である。ドッドラの言葉は即ち神の言葉となり、広く谷すべての人間に行き渡る。