バキラは隔離された。
神殿の奥にひっそりと佇む暗い小屋へ、いつの間にか連れ込まれ、ただぼんやりと座っていた。
わずかに中から視界が開けられた外に、赤い顔のベズナが立っていて、彼女を責め立てていた。
「バキラ、あなたがそんなにいい加減だから、こんなことになるのだわ」
ベズナは泣いてそう訴えた。
「面倒くさがって、まじないの意味も覚えようとしなかったではないの。その結果がこれだわ。そもそも外していい腕輪なんてないのよ。あの夜のことを思い出すと今でも震えが起きるの、わたし。どうにかして倒れなければよかったわ。予感がして身震いして、その次目を開けたら広場で松明が揺れていたのよ。あなたに注意しなきゃと思ったのに、そんな暇もなく、侵入者が落ちてくるなんて」
「でもベズナ」
バキラは反論した。しかし、はじめから諦めたような口ぶりだった。
「随分昔に、ザヌビャリャ様があたしに教えたわ。初めて腕を彫ったときだった。歯を縛るなと言うのと同時に、これは大事なまじないなのだからと言った。腕輪ではきかないくらい、重要なまじないなのだと。だから紐輪はそんな大したものではないのかと思っていたのよ」
「そんなものではないわ」
ベズナはため息をついた。
「こんなことを言うと……あなたを追い出したがっているようだけど」
ベズナが言いにくそうに口を開いた。
「バキラ、あなたの思考回路は町向きだわ。きっとこの谷をでても、あなたなら生きていけるわ。わたしには分かるの。マルバのなかで、そう断言できるのはあなただけだわ。チャンもカビアもゲーネもドシーもアドモナーチもパチューシャも、きっと死ぬと見えるけれども、あなたは生きていく。異端だと言っているのじゃないの。強いと言っているのよ。あなたの運命は外に開いている。世界があなたを呼んでいると思うの」
でも彼女の運命を切り崩したのはベズナなのだった。
それからバキラの記憶はまた途絶えた。ひとり見慣れぬ少年がやってきたような気がして、ぼんやりと、これが異質な人間か、と思ったような気もするが、次にしっかりと意識を取り戻したときは、ソユガムが強い口調で彼女を呼んだときだった。
「さあ、しっかりとわたしの声を聞いて。明日の朝には谷を出なさい。夜明け前に、静かに出発するのです。バキラよ、マルバの名に冥加あれ。この小屋の施錠が解かれたら、ひとりで出て行って、荷物をまとめなさい」
「マルバの名に冥加あれ」
ソユガムが言い終えると、その後ろから、バキラのもとに壁を挟んで少女達がわっと集った。マルバの名をもつ、五歳から十五歳ほどの娘たちが、それぞれ自分の腕から色とりどりの紐をはずして、隙間から小屋の内部に手を伸ばし、バキラの身体に結ぶ。
「マルバの名に冥加あれ。バキラ、元気で」
「ドシー」
「できれば、あたしたちのいるところへ戻ってきてね。でも期待はしないわ」
「冥加あれ。これから炎に苦労するわ」
「ゲーネ、アドモナーチ」
バキラの身体に増えてゆくのは厄である。
彼女は谷から出る。この地から去るのである。娘たちは、自分の厄を去ってゆくバキラへうつし、穢れを祓う。
「アドモナーチ!ドシー、あんたたちも、早くこちらへ来なさい」
「待って!なぜ、どこへゆくの?」
ソユガムは振り返った。
「わたしたちは全員、足長小屋へ登ります。男共は神の土地へ。時の谷に残るのはあなただけ。荷物をまとめたら、谷をでなさい。一枚岩の向こうで、あなたを待つ町の人たちがいるはずです。さあ、ひとりで全てを終えるのよ、バキラ」
「なぜ!」
「この強烈な忌みの匂いを耐えろと言うの?あんたは鬼だわ、バキラ・マルバ!」
ソユガムのうしろにひかえていたドッドラが叫んだ。
その勢いに、バキラは一歩後ずさった。思わず両腕を抱く。
「ドッドラだけが光と闇を解するのではないの、バキラ。むしろあなたのような、何も見えない何も感じないマルバのほうが珍しい。ああ今だって、これ以上あなたと話すのは苦痛だわ。長くさせないで」
「誰も?みんないってしまうの?兄さんはどこ」
「考えるのよバキラ。バチーダは病弱です、いつもあなたが介抱してあげているではないの。今のあなたと会ったら、バチーダの命は縮むばかりだわ」
「あたし……穢れを感じるわ。パチューシャのところへ行かせて」
「いけません。あなたはすでにパチューシャに祓えるような穢れを越した存在よ」
バキラはひとりである。
彼女は気配の一切が消えるのを感じながら、ただ施錠がとかれるのを待つ身だった。
彼女は決めていた。施錠が解かれたら、まず外へでて、あの懐かしい小屋へ戻る前に、することがあった。
この暗闇で、屯する忌み、それを小屋中を探して、全ての忌みをバキラが吸い取ったあとのその亡骸を、谷中にばら撒く。
バキラは去ってゆく。そして残された谷は、全ての穢れをひとりに背負わせて消し、代わりにその者の大いなる呪いを受けて穢される。
バキラは全てを失って、最後にマルバの力の中でも最も重い、呪いの力を、ただひとり彼女自身の力で手に入れたのであった。